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アドラーから学んだことを僕なりに解釈するとこういう風になった

 

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こんばんは。今週は2日に1回はシャワーを夜ではなく昼にしています。
ぴかるです。

今日はアドラーを自分なりに理解した結果どのように日常生活に意識を溶け込ませているかを書いていきたいと思います。

 

 


コンプレックスばっか。

 ・身長低い

・イケメンではない。
・自分のトーク出来ない。
・球技オンチ

これが私のコンプレックスです笑
こいつらとどう付き合っていくか、今までだったら「いや、おれコミュ障だから…」と様々な場面で言い訳をつけ、逃げてきたんだと思います。

しかし、アドラーから言わせればこれは不幸自慢をしているだけであり、生きていく為の根本的な問題解決にはなりません。

いわば、それを直そうと努力もせず諦めている状況ですよね。(努力では解決出来ない問題もありますが、それは後ほど言及します)

 

「コンプレックス」を感じている人は他人と比べるからそれを「コンプレックス」と感じてしまいます。比べる相手がいなければそう感じることさえ出来ません。

すべての人は対等である。縦の軸が存在しない平らな道を、我々は歩んでいる。前を歩いていようと、後ろを歩いていようと関係ないのです。我々が歩くのは、誰かと競争するためではない。今の自分よりも前に進もうとすることにこそ、価値があるのです。
という風に嫌われる勇気に書いてありました。


またコンプレックスは見方によっては長所にもなり得ます。
嫌われる勇気では「身長が低いという短所は人を落ち着かす事が出来るという長所になり得る」と紹介していました。

「イケメンではない」という短所も「親しみやすい」「話しやすい」という長所になります。
大事なことは人の主観次第でそれを変えることが出来るということですよね。

コンプレックスなんてないんです。

 

 

 

他人を敵と見る。

 

僕は自分より出来る人が嫌いでした。
理由は下に見られるのが嫌だったからです。

皆さんは嫌いな人はいますか?
・仕事ができないから
・言葉遣いが粗いから
・なんとなくウザいから
理由は色々あると思います。

 

私達が人を嫌うのは

「あいつマジうぜー」(原因)→「あいつ嫌い」(結果)
ではなく、アドラーからしたら
「あいつを嫌いになりたい」(目的)
→「ウザいのを理由にしよう」(結果)
なんですよね。 

なぜかというと彼らとの対人関係を回避するためです。彼ら=敵ですからね


僕が他の人を嫌い(=敵)だと見なしているのは
人生のタスクから逃げているからなんです。

 人生のタスクとは

行動面: 自立すること、社会と調和して暮らせること

行動を支える心理面: 私には能力があるという意識、 人々は私の仲間であるという意識

です。

 

 

他者を敵と思い込んで、人生のタスクから逃げている事態を「人生の嘘」とアドラーは言っています

ではその人生の嘘を回避し、人生のタスクに向かうためにはどうすればいいか

 

次回お楽しみに